名古屋地方裁判所 平成5年(行ウ)58号 判決 1994年9月16日
愛知県安城市安城町宮地一三番地
原告
杉浦昌子
右訴訟代理人弁護士
桜川玄陽
東京都千代田区霞ケ関一丁目一番一号
被告
国
右代表者法務大臣
前田勲男
右指定代理人
西森政一
同右
佐野明秀
同右
大西信之
同右
太田尚男
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、三四七万八四〇〇円及びこれに対する昭和六三年三月一二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文と同趣旨
2 担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は、昭和六三年三月八日、昭和六二年分の贈与税の申告(以下「本件申告」という。)をした。申告の内容は、次のとおりであった。
(一) 取得した財産 別紙物件の目録記載の各土地(以下「本件各土地」という。)の持分三分の一
(二) 取得した年月日 昭和六二年一二月二二日
(三) 贈与者 杉浦健璽
(四) 取得した財産の価額の合計額 九二七万九八一八円
(五) 基礎控除後の課税価格 八六七万九〇〇〇円
(六) 税額 三四七万八四〇〇円
2 原告は、昭和六三年三月一一日、右贈与税三四七万八四〇〇円を納付した。
3 しかし、右1記載の贈与は、存在しない。原告が贈与が存在しないにもかかわらず、本件申告をした事情は、次のとおりである。
(一) 杉浦義孝は、本件各土地を所有していたところ、昭和四〇年八月一日に死亡した。その結果、原告、杉浦博幸及び杉浦健璽の三名が、相続により、本件各土地を取得した。その持分は、杉浦義孝の妻であった原告が三分の一、杉浦義孝の子である杉浦博幸及び杉浦健璽が各三分の一であった。ところが、原告ら相続人が知らない間に、杉浦義孝の父杉浦貞三が、本件各土地について、原告、杉浦博幸及び杉浦健璽の三名が相続により各持分三分の一を取得した旨の所有権移転登記の申請をし、その旨の登記がされた。
(二) 原告、杉浦博幸及び杉浦健璽は、本件各土地を含む杉浦義孝の遺産について、遺産分割の協議をし、昭和六二年一月三〇日に、遺産分割の協議が成立した。その結果、本件各土地については、原告が持分三分の二、杉浦博幸が持分三分の一を取得した。そして、原告及び杉浦健璽は、昭和六二年一二月二二日、本件各土地の杉浦健璽の持分三分の一を、真正な登記名義の回復を原因として、同人から原告に移転する旨の持分全部移転登記の申請をし、その旨の登記がされた。
(三) 原告は、以上のとおり、遺産分割によって本件各土地の持分三分の二を取得したのであるが、このうち持分三分の一を杉浦健璽から贈与によって取得したものと誤解し、本件申告をした。
4 本件申告は、贈与が存在しないにもかかわらず、贈与が存在するとしてされたものであるから、これが無効なものであることは明白である。原告が無効な申告に基づき贈与税として三四七万八四〇〇円を納付したことにより、被告は、法律上の原因なく、同額の利得をし、一方、原告には、同額の損失が生じた。
5 よって、原告は、被告に対し、右不当利得金三四七万八四〇〇円及びこれに対する昭和六三年三月一二日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 1及び2の事実は認める。
2 3の事実について
(一) 贈与が存在しないことは否認する。
(二) (一)のうち、杉浦義孝が昭和四〇年八月一日に死亡したこと、原告、杉浦博幸及び杉浦健璽き三名が杉浦義孝の相続人であること、原告が杉浦義孝の妻であったこと、杉浦博幸及び杉浦健璽が杉浦義孝の子であること、本件各土地について、原告、杉浦博幸及び杉浦健璽の三名がそれぞれ相続により持分三分の一を取得した旨の所有権移転登記の申請及びその旨の登記がされたことは認める。その余は知らない。
(三) (二)のうち、原告及び杉浦健璽が、昭和六二年一二月二二日、本件各土地の杉浦健璽の持分三分の一を、真正な登記名義の回復を原因として、同人から原告に移転する旨の持分全部移転登記の申請をし、その旨の登記がされたことは認め、その余は否定する。
(四) (三)は否認する。
3 4及び5は争う。
三 被告の主張
1 納税義務者は、申告書記載の過誤が客観的にかつ重大であって、国税通則法の定める方法(同法二三条一項所定の更正の請求)以外にその是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情のある場合でなければ、右方法によらないで申告書記載の過誤を主張することはできないところ、原告が主張する過誤は、申告書の記載それ事態から外形上、一見して看取し得るものではなく、また、本件においては、右特段の事情は認められない。
2 原告が被告に対して、本件申告に係る納付金の返還請求権を有するとしても、右納付金は、国税通則法五六条一項に規定する「過誤納金」に該当するから、その返還請求権は、請求をすることができる日から五年間行使しないことによって、時効により消滅する。そして、過誤納金の返還請求権は、納付した日から行使することができるから、本件申告に係る納付金は、これが納付された昭和六三年三月一一日から五年を経過した日をもって、時効により消滅したことになる。
四 被告の主張に対する原告の認否及び反論
1 1は争う。
仮に、被告主張のような見解を採るとしても、昭和六二年一二月二二日に、本件各土地の杉浦健璽の持分三分の一について、真正な登記名義の回復を原因として、同人から原告に対して持分全部移転の登記がされたことから、本件各土地について遺産分割の協議がされたことを容易に推認することができ、贈与が存在しないことは客観的に明白であった。また、原告が本件申告をしたのは、刈谷税務署内の税務相談室の職員が、原告に贈与税を納付する義務があると説明したためであるから、被告主張の特段の事情が認められる。
2 2は争う。
納税義務者が、国税通則法二三条一項所定の更正の請求をすることができる期間内に過誤納金の返還を求めるためには、更正の請求をしなければならず、それ以外の方法によって返還を求めることはできないのであるから、過誤納金に係る返還請求権について、「請求をすることができる日」は、更正の請求をすることができる期間が経過した日(ただし、その日以前に更正をすべき理由がない旨の通知があったときは、通知があった日)と解すべきである。そして、本件申告に係る贈与税については、平成元年三月一四日までに更正の請求をすることができたのであるから、同月一五日から五年を経過した日までは、時効は完成しない。しかるところ、原告が本訴を提起したのは、平成五年一二月三日である。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録の記載を引用する。
理由
一 本件において、原告は、本件申告が無効であったとして、これに基づき納付した贈与税の返還をもとめているが、仮に原告が主張するように本件申告が無効であった場合には、納付された税金は、国税通則法五六条一項に規定する「過誤納金」に該当するから、その返還請求権は、「請求をすることができる日」から五年間行使しないことによって、時効により消滅する(国税通則法七四条一項)。
そして、原告が本件申告に係る贈与税を昭和六三年三月一一日に納付したことは当事者間に争いがないので、本件申告が無効であったとすれば、原告は納付の日からその返還を求めることができたことになるから、「請求をすることができる日」は、右納付の日ということになる。この点については、原告は、「請求をすることができる日」は、更正の請求をすることができる期間が経過した日(ただし、その日以前に更正をすべき理由がない旨の通知があったときは、通知があった日)と解すべきである旨主張するが、本件申告が無効であった場合には、原告は、更正の請求をすることができる期間内であっても、更正の請求によることなく、納付した税金の返還を求めることができるのであるから、「請求をすることができる日」を原告主張のように解すべき根拠はない。
そうすると、原告が本訴を提起したのは平成五年一二月三日であるから、本訴は、時効完成後に提起されたことになる。
二 したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 森義之 裁判官 田澤剛)
物件目録
(一) 安城市安城町馬池一一九番一
田 五七一平方メートル
(二) 安城市安城町宮前七七番一
宅地 一六五・二八平方メートル
(三) 安城市安城町宮前七七番二
宅地 九五・八六平方メートル